Ross Stein博士、Temblor CEO 2019年3月29日
訳:仲田典弘 (MIT)
Translated by Dr. Nori Nakata, Dept. of Earth & Planetary Sciences, MIT
一つ目の不正論文では、筆者の仮説を支持する為に、断層滑り分布とそれに伴う地震の場所が阿蘇火山の方向へずらされていた。二つ目の不正論文では、震源近くの臨時観測点で観測されたとされる地震波形が、実際には筆者により捏造されたものだった。両方の論文において、調査委員と大学は論文の取り下げを勧告した。
Citation: Ross S. Stein (2019), Scientific fraud announced in two studies of the 2016 M=7.0 Kumamoto, Japan, earthquake, Temblor, http://doi.org/10.32858/temblor.018
3月26日(火)、京都大学は、林愛明(りん・あいめい)教授が2016年10-11月にサイエンス誌で発表した科学論文で、データの捏造や改ざんなどがあるとする外部の専門家からなる調査委員会の調査結果を発表した。調査結果を受けて、大学は論文の取り下げを勧告した。取り下げはまだ行われておらず、またサイエンス誌からの「懸念表明(Editorial Expression of Concern、論文の誠実さが疑問であるときに出される)」もまだ発表されていない。
調査委員会からの聞き取り調査に対し、林教授は描画ソフトを使いこなせておらず、ケアレスミスをしただけであり、論文の結論(阿蘇火山が2016年の地震滑りをくい止めた)は変わらない、としている。しかしながら、調査委員会と京都大学はこれに同意しておらず、林教授に対し、懲戒処分などを検討している。また、調査委員会は林教授を除く論文の五人の共著者は研究不正への関与はなかったとしている。
林教授は何をして非難されているのか。
林らの主張は2016年の右横ずれ断層滑り(自分が乗っている向かい側が右に動く)とそれに伴う阿蘇カルデラに向かって広がっていた地震活動が火山のマグマ溜まりで止まった、というものである。林らによる現地調査では、断層滑りはカルデラの中でも観測された(下図のサイト1-9)。しかし、他研究による滑り(サイト1-5)はカルデラの外側で止まっており、マグマが滑りを止めたとする林らの結果と一致していない。また、委員会は、林らがもっとも強い右横ずれを観測したとするサイト5では実際には正断層滑りしか観測されていないことを発表した。以下の図は調査委員会の報告書からの3つの重要な図を多少読みやすく、日本語の注釈を除くように改変して示す。
また、調査委員会は林らの地図は東西に引き延ばされており、カルデラの縁(上図の白線)が数キロメートルずれているとした。これにより、観測場所もずれている。例えば、サイト5は林らの図ではカルデラの縁にあるが、実際には2.8km外側にある。サイト8,9は1.5 km離れているように表示されているが、実際には50-80 mしか離れていない。
また、纐纈ら(2016)の断層滑りモデルも実際の場所から5 km動かされており、スケールも変わっていて、また震源位置も3.5kmずれていた。それらを正しい場所に動かすと、滑りは地表だけでなく深いところでも起こっており、林らの主張とは異なり、カルデラの手前で止まっているということがわかる。サイト4と5は滑りの大きいところではなく滑りの端の弱くなっているところ(赤細線上向き一つ頭矢印)であり、これも林らの主張と一致していない(赤破線下向き二つ頭矢印)。
林らは地震活動マップとその断面図を用いて余震が本震の地震滑りに沿って起こり、カルデラに到達したとしている。しかし、調査委員会の調べでは、林らが示した地震活動の断面図(上図1B)は30度時計回りに回されており、10 kmほど東方向にずらされて表示されているため、地震滑りと余震がカルデラの内側まで延びているような間違った印象を与えることがわかった(上図で赤箱と白線の違い)。これらの回転や場所を変えることにより、図1Cに描かれている断層はそれらの地表位置と異なっている。
不注意か改ざんか。
巨大で被害を被る地震の直後に現地観測を行うことは困難である。たとえハンディーなGPSを持っていたとしても、観測位置の場所を間違えることはあり得る。しかし、調査委員会はこの誤配置と歪みは、現地調査中の不注意によるものではなく、データが筆者の仮説を支持するように変更されたとした。 林教授が意図的にこれらの変更を行ったかはまだ判断されていないが、調査委員会はこれらを研究不正であり、改ざんであると結論づけた。
でっち上げられた熊本の地震記録(二件目の研究不正)
2019年3月18日、大阪大学は、同大大学院工学研究科の秦吉弥元准教授が地震波データを捏造し、少なくとも5本の熊本地震に関する論文に使っていたことを発表した。秦氏は准教授職を辞職し、その後死去した。
秦氏は、論文に使われている地震計を実際に設置し、地震波形を観測したと主張したが、大阪大学の調査委員会は、これらの地震波形は、他の機関により他の観測点で観測されたものを引き伸ばしたりスケールを変えたりして捏造されたものであると結論づけた。また、委員会は捏造されたデータをよく説明できるように、理論値計算にも改ざんがあるとした。共著者らの研究不正への関与は確認されていない。
2017年9月、秦氏の共著者の一人である京都大学防災研究所の後藤浩之准教授は彼のウェブサイトに日本語と英語にて、この熊本の地震波形は広範囲にエラーがあることと、匿名の地震学者から9ヶ月前に指摘されたが、精査しなかったことに対するお詫び文が載せられている。
これらのエラーはなぜ論文発表前に発見されなかったのか。
科学は研究者によって成り立っている。科学誌の編集者から依頼された研究者がボランティアとして論文を査読し、それらの質、オリジナリティ、説得力や重要性を判定する。査読者は名前を筆者に公表するかどうかを選ぶことができ、また、編集者に対してのみのコメントも発することができる。査読は大変時間のかかる仕事であるにも関わらず、査読をしても研究者としてのキャリアにはメリットが特にない。査読はコミュニティ全体の努力で成り立っており、それぞれの科学者が誇りに思っている、より高度で広い知識によって支えられている。査読者と違い、編集者は匿名ではないが、一般に編集者もボランティアである(サイエンス誌やネイチャー誌はそれとは違い、専門の編集者がいる)。ここでのキーポイントは、ほとんどの査読者は、原稿で使われているデータは事実に基づいたものであり、彼らのやるべきことは、筆者の結論はデータによって支えられているか、ということを判断することであり、筆者の誠実さを見極めることではないと考えていることだ。そのため、査読者や編集者 -今回のケースでは共著者でさえ- が何かデータが正しくないことに気がつかないこともあり得る。[暴露すると、私はJournal of Geophysical Researchの前編集者であり、American Geophysica Unionのジャーナル編集委員会の前議長であるため、研究不正への批判や、編集者と筆者間の揉め事、共著者との争いを精査することにより処理してきた。だから、多くの査読中や編集中の失敗や過失は私自身にも当てはまる。].
自己矯正、でもゆっくり
幸運なことに、科学は自身で矯正していく。その後発表されたたくさんの熊本地震についての論文が、林らの結果と対立する結果を発表し、問題点を指摘した。しかしながら、論文の発表は素早く行えても(秦らの論文は地震から4ヶ月、林らのは6ヶ月で発表された)、自己矯正には時間がかかる。実際、科学誌やそれぞれの大学の調査委員会は今回の公表まで28ヶ月もかかった。
これからの動向。
査読付き論文は決して正しい必要はない。むしろ、明らかに間違っているわけではないだけだ。これは低いハードルのように感じられると思うが、実はこれは厳しいフィルターである。発表後に不正により科学者と世間一般に間違った結論を与えることがわかった論文は撤回されなければならない。捏造された地震記録を使った秦の論文は今週撤回された。もしも林ら(2016)の論文が撤回されなければ、熊本地震に対する我々の理解と科学に対する誠実さは、今後も間違ったままである。
Citation: Ross S. Stein (2019), Scientific fraud announced in two studies of the 2016 M=7.0 Kumamoto, Japan, earthquake, Temblor, http://doi.org/10.32858/temblor.018
References
Asahi Shimbun (2019), ‘Kyoto academic used tampered quake charts in Science article,’ 27 March 2019, http://www.asahi.com/ajw/articles/AJ201903270040.html
Hata, Y., Goto, H. and Yoshimi, M. (2016), Preliminary analysis of strong ground motions in the heavily damaged zone in Mashiki Town, Kumamoto, Japan, during the main shock of the 2016 Kumamoto Earthquake (Mw7.0) observed by a dense seismic array, Seismological Research Letters, 87, 1044-1049.
Koketsu, K., H. Kobayashi, H. Miyake (2016), “Generation process of the 14th and 16th April 2016 Kumamoto earthquakes,” http://taro.eri.u-tokyo.ac.jp/saigai/2016kumamoto/index.html#C.
Kyoto University Press Release and Linked Evaluation Committee Reports (26 March 2019) http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/about/events_news/office/kenkyu-suishin/kenkyu-suishin/news/2018/190326_1.html
Notice of Retraction by Seismological Research Letters (2019)
https://doi.org/10.1785/0220190066
Lin, A., T. Satsukawa, M. Wang, Z. Mohammadi Asl, R. Fueta, and F. Nakajima (2016), Coseismic rupturing stopped by Aso volcano during the 2016 Mw 7.1 Kumamoto earthquake, Japan, Science, 354, doi:10.1126/science.aah4629.
NIED Hi-Net seismicity and cross-sections associated with the 2016 Kumamoto earthquake, http://www.hinet.bosai.go.jp/topics/nw-kumamoto160416/?LANG=ja (2016)
Outline of the results of the investigation into allegations of specific research misconduct that occurred at Osaka University, 15 March 2019
RetractionWatch.com (2019), https://retractionwatch.com/2019/03/18/late-researcher-faked-kumamoto-earthquake-data-university-finds/